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今月のたわごと(エッセイ)

【想ひで】

小さい頃、私はやんちゃだった。しかしその反面、妙に生真面目なところもあった。中学では生徒会長をしていた(最も全校生徒60人程の小さな学校やけど)。今思えば、こまっしゃくれた、かわいげの無い妙に大人びた子供だった。…まあ、中学の頃の話しはまた今度として、今回は小学校の頃の話しを。


高知では「やんちゃ」を「しわい」と言う。正確にいうとちょっと違う。「しわい」は形容詞やから、「やんちゃな」のほうが文法的には合ってると思う。意味も少々違う。「やんちゃ」は通常子供に使う言葉で、かわいさを含んだ、ある種の誉め言葉ともとれる。しかし、「しわい」には色んな意味がある。もちろん、「やんちゃ」「わんぱく」の意味もあるが、「ずるい」「汚い(行動が)」や、色恋沙汰にも使われる。俗にいう浮気性という意味。結構広い意味がある。でも一概に悪い印象だけではなく、ちょっとした愛情も含まれて使われる。その時の話しの流れで愛情の込め方が変わってくる。そういうところは英語と似ているのかもしれない。
今私が言うところの「しわい」は「わんぱく」という意味だ。・・・「浮気性」ではないので悪しからず。


私は小さい頃本当に「しわかった」。色んな悪さをしておかあちゃんを困らせた。でもあの頃はみんなしわかったよなあ。別に自己弁護ではなく、何処の子供もよう怒られとったよなあ。「もうっ!この子はっ!」いうて、よう叩かれた。それでも懲りずにまた何か悪さを見つけてきて、また怒られて。そのうちせんようになった。そういえば昔、何をしたからか覚えてないけど、おかあちゃんに思いっきり怒られて「竹のサシ(竹で出来たモノサシ、今無いよなあ)」でしばかれて、そのサシが折れた事がある。笑うなあ。おかあちゃんは怖かった。でも好きやった。ははは・・・・。これって、今やったら「虐待」になるんやろか?もちろん愛情あってのことやから違うよね!そやけど、何処のおかあちゃんもよう怒ってたで。あの頃は。
今の子はどうなんやろ?怒ってるおかあちゃん、あんまり見たこと無い。私がそういう場に居てないからかも知れんけど。まぁ、一概に「怒る」事が良い事やとも思わんけど、私が育ってきた頃とは違う。
電車の中で時々親子連れに会う。微笑ましい光景のはずやのに、ん?と思うことが多々ある。いすの上に靴で上がる子供。お母さんは話しに夢中。いっぱいの荷物を持ったお年寄りが目の前に居ても、話しに夢中。子供を叱る言葉は「隣のおばちゃんに怒られるよ!」なんでや?何で他人のせいにするの?もちろん、全部のお母さんがそうじゃない。でもね。子供は全部見てるんじゃないかなあ。


小学生のとき、近所のお宮で友達と焚き火をした。マッチで火を付けるということが面白くて。焚き火をするのだから、もちろん秋。おまけにお宮は落ち葉だらけ…。今思えば恐ろしい事だ。火事にでもなったら…考えただけでぞっとする。子供は子供なりに一応考えて、小さな小川のほとりでやったけど、もし火事になったら間に合うわけない。アサハカ……。
もちろんおかあちゃんは恐ろしいほど怒った。家の裏の柿の木に荒なわでくくられて、泣き叫ぼうがどうしようが許してくれなかった。「その木を親やと思いなさい!」と言い放ったままどんなに叫んでも帰ってこなかった。近所のおばちゃんが何度も「もう分かったろうき、許しちゃり」と言っても、頑として聞き入れてくれない。
あの時、木にくくられたままで見た光景を今でも鮮明に覚えている。良いお天気の夕方、夕焼けがきれいやった。そこから見えるお宮の大きな木々の上をカラスが鳴きながら飛んでいた。私はもう泣き疲れていた。結局、近所のおばちゃんの説得の甲斐あって、夜中になってからほどいて貰えた。おかあちゃんの怒りようをみて「すごい悪い事をしたんや」と分かった。…本当に怖かった。


長くなったけど、これが私の大事な想い出。スライドを観るように…と、よう言うけど、ホントそんな感じ。でも何故か、あの時のおかあちゃんの顔は覚えていない。それよりも、夕焼けに飛んでたカラスを覚えている。不思議なもんやなあ。


想い出話しはまだまだいっぱいあります。また!

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長々と読んでくださってありがとう。いつも長くなってしまって書き終わると反省するんです。
もっと簡潔に書かれへんもんかなあ。


それでは、季節の変わり目、温度変化もあなはだしい折り、体に気を付けてください。
またお会いできるのを楽しみにしています。


つれづれなるままに日暮し 心に映りゆく良しなし事を そこはかとなく書きつくれば・・・・・・


みなさんへ

つれづれなるままに…オチジュンコ記

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